アイキャッチ画像|沈みゆくイラン 〜 国民が望む「革命返し」は起きず、より悪いシナリオが広がる 〜

沈みゆくイラン 〜 国民が望む「革命返し」は起きず、より悪いシナリオが広がる 〜

 過去世界80か国を周遊し、現在は中東地域を中心に活動する執筆家・旅行家『須戸 剛(すと・ごう)』氏。

 2022年夏から年末にかけて滞在したイランで体感した『ヘジャーブ(ヒジャブ)を巡る抗議活動』の内情を過去からの経緯、現地の人々の様子から紐解く寄稿を頂いた。

 特に文中で印象に残るのは「国民の心が大きく現体制からあからさまに離れてしまっている現状は、もう元には戻れないところまで来てしまっているのではないだろうか」という一説だ。

 これはきっと誰にとっても対岸の火事ではない。国と人々の分断と隔絶によって、イランという国に何が起きているのか、一緒に見ていきたい。

1.イランが燃えている

 イランでは昨年9月、22歳の女性マフサ・アミニがヘジャーブ(ヒジャブ)(注1)の「不適切な」着用を理由に道徳警察に逮捕された後、拘束中に急死した。当局は持病による心臓発作と発表したが、多くの国民は、警察による暴力が死因だと信じており、この事件を契機とする抗議活動が4か月以上経った現在も、ゆらゆらと続いている。

(注1:ヒジャブ(Hijab)は、アラビア語で「覆うもの」を意味する名詞。女性の髪を隠すスカーフ。イランでは国籍・宗教を問わず着用が義務づけられている。現地のペルシャ語発音では、「ヘジャーブ」との標記が近いと思われるため、本稿では「ヘジャーブ」を使用する。)

ヘジャーブ(ヒジャブ)
※筆者友人が現地で撮影

 筆者が、2022年の夏からイランを含む中東地域などを回った後、12月に日本に帰国すると「(イランは)大変だったでしょう?よくぞ御無事で!」と多くの方に声をかけていただいた。また、在日期間が長いイラン人の話を聞こうと、都内のイラン料理店やペルシャ絨毯屋で「イラン帰りだ」と話すと、「ついに何かが起きるぞ。今回のデモはこれまでとは違う!革命返しだ!!」と目をぎらつかせ、興奮気味にまくし立ててきた。

 確かに、イランから一歩国外へ出て携帯電話を開けば、BBCペルシャ語放送やイラン・インターナショナル(注2)による「現地報道」、インスタグラムなどのSNS上で、ヘジャーブを脱ぎ去り、「Zan Zendegi Azadi」(Woman, Life, Freedom = 女性、命/生活、自由)と拳を突き上げて叫ぶイランの若者たちと、それを鎮圧しようとする治安部隊の攻防が、何度も何度も、うんざりするほど繰り返されている。これらのアルゴリズムにはまり込めば、あたかも、イラン全体が四六時中、炎に包まれているかのような印象をもってしまうだろう。

(注2:ロンドンに拠点を置くペルシャ語ニュース放送チャンネル。サウジアラビア資本が入っているともいわれ、イランの現体制に対して批判的な報道を多く行っている。)

 筆者がイランに短期滞在していた、少なくとも2022年の9月中旬から12月、実際にイラン各地で抗議活動が発生していた。日没後に、テヘラン市内に車を走らせてみる。立ちこめる白い煙とタイヤを燃やしたような焦げ臭いにおい、遠くから聞こえてくる「ウォー」という叫び声、黒いプロテクターで全身を覆った治安部隊が整列して待ち構える交差点、抗議活動の鎮圧に向かう武装したバイク集団。ヘジャーブを脱いだ若い女性が中央分離帯を歩きながらピースサインを掲げている。それを渋滞中の多数の車がクラクションを鳴らして鼓舞する。すると、警官や私服警察、動員民兵組織「バシジ」のメンバーが、その車のフロントガラスをこん棒で叩き割っていく…

 これらは、筆者自身の目で見たことであり、事実である。

暴動のイメージ画像
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 しかし、報道は、事件が起きていない現場を取り上げることはない。インスタグラムも、平穏なテヘランの街角は「映えない」のであり、何気ないイランの通り(streets)の写真が「バズる」こともないだろう。

 抗議活動の炎がSNS上で繰り返し伝えられる一方で、ショッピングモールも八百屋もナン(パン)屋もスーパーも銀行もバスもメトロも通常営業を続けており、そこでは人々の普段の生活の営みが粛々と続けられていた。先述のような「ニュースな」場面にも、取材目的や興味本位で、あえて近づこうとしなければ、遭遇を避けての生活もできたのである。

2.それでも、イランは倒れない

 国会議事堂や渋谷ハチ公口、駐日イラン大使館の前でシュプレヒコールを上げ、イランでの大きな変革を予言する在日イラン人らに、では、誰が、誰を、どのように倒すのか?と問い質すと、実は誰も明確な答えを持っていない。「米軍がやってくれる」、「イラン国外にいる王党派(注3)などの有能なイラン人が帰還して民主的な国造りをする」、「(イランの)正規軍が離反して革命防衛隊を倒す」等々…。正直、どれも言っている本人たちにすら自信のない話である。

(注3:イスラム革命により失脚した皇帝モハンマド・レザー・シャー・パフラヴィーの末裔で、米国などで反体制活動を続けている。)

疑問のイメージ画像
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  • 「米軍が?」:アフガニスタンやイラクでの戦争から撤退し、「世界の警察官」を辞職しようとしている米国が、大量の兵士を新たにイランへ投入するだろうか。
  • 「在外イラン人が?」:イラン国内で、王党派を含め、在外イラン人への支持や帰還を待ちわびる声を聞いたことがない。
  • 「正規軍の謀反によって?」:正規軍は、革命前のシャー(王)の忠犬でない。革命以降44年の間に、革命防衛隊の下に組み込まれ、しっかりと手綱を握られている(注4)。

(注4:イランには、革命前の国王の軍隊であった国軍(正規軍)に加え、革命後に、同軍に対するチェックアンドバランスの観点からイスラム革命防衛隊(IRGC)が[SJ1] 創設され、現在では、独自の陸海空軍、情報部、対外工作特殊部隊、弾道ミサイル部隊等を有し、民兵部隊「バシジ」も管轄するなど、国軍を凌駕する実力を有している。)

 もし、どうしても変革の可能性を予見したいのであれば、それは、革命防衛隊が、国民に不人気なイスラム法学者(聖職者)を、もはや統治の正統性の根拠として不要と判断し、彼らを駆逐して、軍事国家へ移行することではないだろうか。このようなシナリオに言及している研究者は存在する(注5)。ただし、故ホメイニ師が提唱したイスラム法学者の統治(ヴェラーヤテ・ファギーフ)は現在のイスラム共和国体制の根幹であり、それを否定することは、即ち「革命防衛隊」自身の存在理由を否定することにもなりかねず、容易なシナリオではない。

(注5:ドイツのマックス・プランク社会人類学研究所のSajjad Safaei氏や米国ワシントンDCのArab Gulf States InstituteのAli Alfoneh氏など。)

 もしくは、万が一、何かの偶然が重なり、革命防衛隊を含むイランの現体制が倒れたとしても、そこに待ち受けるのは、国全体が不安定化して内戦状態となり、「第二のシリア」が出現する危険性であり、「民主的なイラン」が生まれる可能性はあまり期待できないのではないか。

 果たしてこれらが、今、命がけで通りへ繰り出しているイランの人々が望む「変革」だろうか?

 3.イスラム革命や過去の抗議活動との違い

 ここで、抗議活動の「成功体験」である「イスラム革命」(1979年)や革命後最大の民衆運動といわれる緑の運動(Green Movement)」(2009年)と、今般の抗議活動との違いについて整理してみたい。

(1)運動を率いる明確な指導者の不在

 イスラム革命を体験した、ある歴史家に話を聞くと、当時と現在の状況は全く異なると言う。「革命前夜、イラン国内は、製油所をはじめ、銀行、バザール商店、労働者らによるストライキが頻繁し、ゼネストが発社会システムが停止していた。また、“革命”には故ホメイニ師のような強力なカリスマ的リーダーが必要であり、それも一人では駄目で、それを支える強固な組織が必要なのだ」と。

 へジャーブの不適切な着用の咎で逮捕された女性の不審死(於:テヘラン)から、若者や女性を中心に、瞬く間に国中に広がった今次抗議活動であるが、先述のとおり、外国報道やSNSから受ける「印象」とは裏腹に、イラン国内はほぼ平常運転を続けている。また、よく指摘されることであるが、この運動を率いる明確な指導者は生まれていない体制側は、そのようなリーダーが育つ前に芽を摘もうと、著名なスポーツ選手や人気俳優、歌手などのセレブリティ、SNSインフルエンサー等を逮捕・拘束したり、パスポートを没収するなどの圧力をかけている。

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(2)抗議活動がまばらで散発的、一網打尽にできない

 別の中東専門家は、2009年6月のイラン大統領選挙直後に発生した緑の運動を引き合いに、人は、皆、見たいものだけを見、聞きたいことだけを聞くものだとして、現在のイランでの抗議活動に対する分析も冷静であるべきと警鐘を鳴らしている。2009年当時、「政治的自由を求める民衆運動が改革をもたらしてほしい」という希望的観測が正確な情勢分析を狂わせ、彼自身を含む多くのイラン国外のウォッチャーが、イランで大きな変革が起こると予想してしまったのだと、自省を込めて話してくれた。

 当時、「緑の運動」には、ハタミ前大統領やムサヴィ元首相やキャルビ元国会議長などの明確な政治指導者が存在し、また最大で300百万人が抗議活動に参加したとも言われ、現在の抗議活動(注:推計で60万人程度との報道あり)とはその規模でも大きく上回り、6か月にもわたって継続したが、結局、鎮圧されたのである。

 今回の抗議行動では、数十人から数百人規模のものがまばらに散発的、ゲリラ的に発生しているのが特徴のひとつだろう。極端な例を挙げれば、数人の若者グループがさっと車上に駆けあがり、そのうちの女性ひとりが脱ぎ捨てたヘジャーブに火をつけて振り回す、その様(さま)をインスタグラムのLiveで発信し、警察が駆けつける前に何事もなかったかのように撤収するという、ヒットアンドアウェイ(Hit and Away)作戦をとることもあると聞く。

 治安当局としては、大規模な集会や抗議活動ではないために、一網打尽にできず、また主導者がいないが故に、主犯格を捕らえてデモ活動を早期に収束させることも困難というジレンマに陥っている。

4.ゆっくりと沈みゆくイラン

 今回の抗議活動により、短期的にイランの現体制が崩壊する可能性はないだろう。しかし、やはりこれまでとは異質な運動であることも事実である。

(1)サッカーの応援に見える分断

 象徴的な出来事を、イランを長年見続けている西側外交官が教えてくれた。

 抗議活動がイラン国内で熱を帯びる中、ペルシャ湾の対岸カタールでは、中東地域初のサッカーワールドカップが開催されていた。イランは、史上初の一次リーグ突破をかけ、11月30日、「大悪魔」米国と対戦。市内のスポーツ・カフェで居合わせたイラン人客とともに「イランvs米国」戦を大スクリーンで観戦していたその外交官は、イランのフォワードが「敵陣」米国のゴールに迫るたびに立ち上がって応援しているのが、実は外国人である自分だけであることに気づく。結局、0-1で米国に敗れ、イランの一次リーグ敗退が決まると、店内で静かな拍手すらわき起こったという。その理由を質すと、イランのナショナルチームは、ドーハへの出発前にライシ大統領主催の壮行式に出席し、また試合開始前にイランの国歌を歌ったことを挙げ、彼らは体制側についており、国民に寄り添っていないからだという。

 なんと悲しい国民だろうか国家を背負って四年に一度のピッチに立つ自国の選手たちすら、素直に応援できないなんて。サッカーは、イランで最も人気のあるスポーツである。もしサッカーで国民が一丸になれないのであれば、この国がもはや団結することは不可能なのではないだろうか。

(2)大きな変革を望むイランのZ世代

 そして、今回の抗議活動の核となっている「Z世代」(注:6)と呼ばれる十代の若者たちの存在も注目すべきであろう。

(注6:イランでは、イラン暦1380年代(およそ1992年~2002年生まれ)が該当する。) 

 彼ら・彼女らはデジタルネイティブで、幼い頃から大量の情報を浴びており、早熟でたくさんのことを知っている。一方で、1999年や2009年のイラン国内の抗議活動に対する治安当局による容赦ない弾圧についての直接的な体験・記憶がなく、怖いもの知らずで、また失うものを持たない。ネットを通じて外(そと)の世界を知っているが故に、国内の停滞・現状に強い怒りを抱いており、かつての「緑の運動」のような体制内改革では不十分で、より大きな変革を望んでいる。

(3)イラン革命後から44年の歳月に見る“変化と停滞”

 また、イラン国民・社会は、革命後の過去44年で変容している点も見逃せない。

 世銀のデータによれば、革命前の1976年時点で37%に過ぎなかった成人識字率は89%(2021年)に伸び、高等教育進学率は、5%(1978年)から58%(2020年)にまで飛躍的に伸びている。また、革命当時(1979年)、人口の過半数(51%)は地方に住んでいたが、現在では都市人口に大きく逆転され、76%(2021年)の国民が都市部に集中している。さらに、衛星放送、インターネット、SNSの登場により、情報の伝達速度は格段に上がり、人々は互いに、また世界との結びつきを強めている。

 このような成熟・変容を遂げているイラン国民・社会に対して、体制側の体質は全くといっていいほど変わっていない。最高指導者ハメネイ師は、「暴動」参加者は外国勢力にそそのかされたもの、背後に米国やイスラエルなどの敵対国家がいるとの陰謀論を、壊れたレコードのように繰り返している。

 抗議活動への対抗策も、警察による逮捕・拘束、バシジを使った暴力、見せしめの処刑など、抑圧と恐怖で押さえ込む、「いつものやり方」である。これでは、国民の怒りを短期的・表面的には封じ込めても、さらなる怒りを蓄積し、それが再燃するのは時間の問題であろう。過去約20年間のイラン国内の大規模な抗議活動を振り返ってみると、その間隔が徐々に狭まってきていること(注7)も気にかかる。

(注7:1999年7月(改革派新聞「サラーム」閉鎖への抗議活動)、2009年6月(「緑の運動」)、2017年12月(食料価格の高騰に対する抗議活動)、2019年11月(ガソリン値上げに対する抗議活動)、そして、2022年9月以降、現在も続く「女性・命・自由」を求める抗議活動。)

 そして何より、先述のサッカーワールドカップに見られるような、国民の心が大きく現体制からあからさまに離れてしまっている現状は、もう元には戻れないところまで来てしまっているのではないだろうか。

 今次抗議活動によって広がる社会的な閉塞感、若者の絶望、ウクライナへ侵攻したロシアへの傾倒がもたらす国際的な孤立、インフレの加速、現地通貨のさらなる暴落、天然資源大国でありながら国内のガス供給の途絶や停電、止まらない富裕層の海外への脱出、優秀な頭脳の流出…

 イランの現体制が、近々、ある日突然倒れることは予見されないが、イランが、ゆっくりとゆっくりと沈んでいくように思えてならない。

 出典・引用

  • Iran International|wikipedia
  • jpaminmusic|instagram
  • Islamic Revolutionary Guard Corps|wikipedia
  • The Green Movement|iranprimer
  • Meet Iran’s Gen Z: the Driving Force Behind the Protest|foreignpolicy
  • Iran’s Protests Are Nowhere Near Revolutionary|foreignpolicy
  • Ali Alfoneh: Political Succession in the Islamic Republic of Iran|Iran1400
  • Literacy rate, adult total (% of people ages 15 and above) – Iran, Islamic Rep.|World Bank Group
  • アングル:弾圧強めるイラン、「さらに怒り蓄積」との指摘も|ロイター
  • 資源大国イランでガス不足深刻 ヒジャブ問題に続く国民の怒りの種に|朝日新聞

寄稿:須戸 剛(すと・ごう)、編集・デザイン:深山 周作