【令和×政策】「”全部”やっていくしかない」、竹中平蔵と考える”令和”の政策|前編

本連載『ミライのNewPublic』は、政策研究者の小田切未来さんがファシリテーターを務め、「将来の公共の在り方」を各分野の有識者・トップランナーと様々な観点で対談していく連続企画。

第七回目のゲストとして、国の「成長戦略会議」のメンバーでもあり、オピニオンリーダーとして様々な経済改革を唱え続けている竹中平蔵氏をお迎えしました。

前編では、菅政権の振り返り、日本社会の構造的課題、働き方改革について深堀りしていきます。

後編では、ベーシックインカム、家族の在り方、地方と東京について伺います。

菅義偉政権に対する評価

小田切 未来氏(以下、小田切):つい先日(インタビュー時点)、菅義偉総理が自民党の次期総裁選に出馬しない意向を表明しました。菅総理によるこの1年間の政権運営に対して、竹中さんの率直な感想とその評価をお聞かせください。

小田切未来(おだぎり・みらい)
1982年生まれ。政策研究者。東京大学大学院公共政策学教育部修了。米国コロンビア大学国際公共政策大学院修了、修士(公共政策学・経済政策管理)。主に経済政策を専門とする。2007年経済産業省入省(旧:国家一種経済職試験合格)後、複数課室に勤務。2015年にNewsPicks社の政治・政策分野のプロピッカーに選出。2018年に一般社団法人Public Meets Innovationを設立し、Co-Founder・理事。 2020年より東京大学未来ビジョン研究センター特任研究員に着任するとともに、副学長他のサポートなどもする。株式会社Publink社の政策プロフェッショナルとして、プロパブリンガルに選出されるとともに、次世代リーダーとの交流会の主催、公共経営・政策に関する講演やネット記事の執筆などもする。 
※発言は、所属組織の見解を示すものではなく、個人的見解です。

竹中 平蔵氏(以下、竹中):問題点を挙げることは簡単です。ですが、冷静に見てみると、菅政権は1年間という僅かな期間で多くの成果を挙げたのではないでしょうか。

カーボンニュートラルの実現宣言や、デジタル庁の立ち上げ、東京オリンピック・パラリンピックの開催、そして新型コロナウイルスワクチンの確保。

ワクチンについては「どの国がどのくらい接種しているのか?」という統計があるのですが、日本は何番目かご存じですか?

竹中 平蔵(たけなか・へいぞう)
和歌山県和歌山市出身。慶應義塾大学名誉教授。一橋大学経済学部卒業を卒業後、日本開発銀行に入行。ハーバード大学およびペンシルバニア大学、大蔵省財政金融研究室、慶應義塾大学などで政策研究の研究者として活動、1998年に小渕政権における「経済戦略会議」に参加。2001年からの小泉政権下では経済財政政策担当大臣・金融担当大臣・総務大臣・郵政民営化担当大臣を歴任。2006年に政界を引退、以降は株式会社パソナグループ取締役会長をはじめとして民間企業の役員を務める一方で、慶應義塾大学にて政策研究者として活動。2021年にYouTubeチャンネル「竹中平蔵の平ちゃんねる」を開設、政治・行政・経済について情報発信を行なっている。

小田切:4番目か5番目でしたか?

竹中:そう、5番目です(2021年9月初旬時点)。それもインドや中国、アメリカといった人口の多い国も含めての5番目です。世界的に見れば感染者数や死亡者数が少ない状況で、これだけのワクチンを確保できた。これは凄いことなんです。

さらに、携帯電話料金の引き下げやカーボンニュートラル宣言、デジタル庁の創設、福島第一原発の処理水の海洋放出など、これまで解決に至っていなかった問題にもしっかりと取り組みました。

そういった点で、この1年間の菅政権は「仕事をした」政権だと思っています。

ところが、こういった成果は国内では評価されていない。もちろん説明が不十分であったことも理由でしょう。

ただ、もっと大きな構造問題が2つあったと私は考えています。

菅義偉政権への評価が低い「2つの構造問題」

小田切:菅政権への評価の低さの要因となっている構造問題とは、何でしょうか?

竹中1つが「厚生ムラを崩せなかったこと」です。日本では政策を進めていくと、いわゆる「鉄の三角形(アイアントライアングル)」に突き当たってしまいます。

鉄の三角形とは、既得権益を持った「業界」、「政治家」、「官僚」による癒着構造のことです。これを崩すのが難しいがために、日本では新しい政策を進めるのが非常に難しい。

竹中鉄の三角形の構造は、世界中どの国でもあります。とりわけ日本では「官僚」の力が非常に強く、菅政権では特に「厚生ムラ」を崩すことができませんでした。

新型コロナの重症者数は現在、約2,200人(2021年9月初旬時点)で、国内には約160万床のベッドがあるんですから、医療崩壊が起きることは本来あり得ないんです。にも関わらず医療崩壊と言われる状況に陥ってしまったのは、厚生ムラを崩すことができなかったことは大きな要因です。

ですから、厚生ムラを解体して、日本版CDC(※)を作ることを提言しています。

厚生労働省の健康局と感染症研究所の一部を統合し、日本版CDC=「保険庁」として機能させる。このような大きな構造改革をしないといけない段階にあると思います。

※CDC…Centers for Disease Control and Prevention(アメリカ疾病予防管理センター)の略称。米国の保健福祉省所管の感染症対策の総合研究所。

小田切:もう1つの問題はなんでしょうか?

竹中うっぷん晴らしのようなSNSの声が政権の評価を歪めることです。

次の自民党総裁の行方は分かりませんが、誰がなろうとも同じことが起きるでしょう。このようなSNSの使われ方は、日本の民主主義における一つの課題だと感じます。

もちろん、困窮者が多いことも事実です。そうした困窮者に対する補償を昨年の現金給付のように実施すれば良いと思います。

ただし、次やるのであれば、マイナンバーとの紐づけをしっかりと行なうことと、申請者に確定申告をきちんと行なってもらうことが重要です。そうしておけば、例えば高所得者が申請していた場合に、きっちり返還してもらうことができますから。

さらにもう1つ、今回の新型コロナ禍で露呈した問題があるんです。

小田切:それは何でしょうか?

竹中:それは、日本という国に「非常事態」の想定が全くないことです。

例えばアメリカでは新型コロナ禍に際して、トランプ前大統領がGE(ゼネラル・エレクトリック、)に「命令」を出して人工呼吸器を作らせました。これは約70年前の朝鮮戦争時に制定された「国防生産法」という法律に基づいた命令なんです。世界各国にはこういった非常事態時に命令を出せる法律があるのでロックダウンのような強い措置がとれますが、日本にはそういった法律がないので「要請」しかできません。

また、国と地方とで責任分担があいまいになっています。例えばワクチンを集めるのは国の責任、ワクチンを接種するのは地方の責任。経済を良くするのは国の責任、病床を増やすのは知事の責任。…といった具合に、責任の所在がバラバラです。

つまり国のガバナンスに根本的な問題があるわけです。

これに対して私は「第三次臨調」を行なうべきだと考えています。臨調というのは「臨時行政調査会」の略で「臨時行政調査会設置法」という法律に基づき設置される調査会のことです。

つまりは、行政改革に向けた話し合いです。

これまでに1961年に第一次臨調、20年後の1981年に第二次臨調が行なわれ、さらに20年後の2001年には橋本龍太郎内閣による中央省庁の再編、いわゆる「橋本行革」が行なわれています。

橋本行革からちょうど20年が経った今年2021年。抜本的に見直すべき時期にきていると私は思います。

小田切:仰るとおりです。菅政権は、例えば、新型コロナウィルス感染症に対する経済政策に投じた金額をGDP比にして見ると、日本は世界の中でもトップクラスに高い。それと高齢者の医療負担を1割から2割に引き上げたことも大きな改革だと個人的に考えています。

ところが、マスメディアではこういった成果がほとんど報道されない現状があり、日本社会における問題だと感じます。

「働き方改革」が進まない構造的な問題

小田切:続いて次の政権において働き方改革」や人材流動化など、どのように進めていくべきか、お話をお聞かせください。

竹中:働き方改革については、長年議論されていながら着手できていないことが多くあります。

私が特に指摘したいのは「金銭解雇のルールがないこと」です。これは「金銭解雇をしなさい」という話ではなく、ルールが”ない”ことが問題なんです。OECDの中で金銭解雇のルールがないのは日本と韓国だけです。

また、新型コロナ禍において在宅勤務が広く普及しましたが、一方で労働時間に対して給料を支払う今のやり方は在宅勤務にそぐわない実状もあります。在宅勤務者の労働時間を管理することは難しいですから。

労働時間に対してではなく、成果に対して給料を支払うやり方を広めていく必要があると思います。

それと、「日本全体の生産性を良くする」ということは、すなわち人々の給料を上げることです。そのためには、本当に必要とされている場所に人材が行けるようになること、すなわち労働市場の流動性を高めることが必要です。

ところが日本では「定年制」が障壁となってしまっています。極端にいえば、日本では会社が潰れるまで労働調整、すなわち解雇ができないに等しい状況です。雇用を保護している分、生産性が高くなることがなく、給料もいつまでも上がらない問題があると思います。

このような現状は決してハッピーとは言えないでしょう。

もっとやりがいがあって、給料も高いところで働けるような労働市場を作っていくことが、働き方改革、生活改革につながっていくはずです。

小田切:働き方改革は、労働時間の規制、兼業・副業の推進などはある一定のところまで進みましたが、未だに他の分野含め中々進んでいかないのは、何が理由なのでしょうか?

竹中:やはり先ほども挙げた鉄の三角形と、もう一つが「労政審」です。労政審とは厚生労働省の「労働政策審議会」という部会のことで、一応は「公共側」、「働く側」、「雇用する側」の三者による話し合いの場とされています。

ですが、働く側の代表とは誰なのでしょう?

私自身、働く側でもありますが、労政審に出ている日本労働組合総連合会、いわゆる「連合」が、私の代表だとは思わないんですよね(笑)

働き方改革を本当に進めていこうとするなら、やはりこういった問題のある構造を変えていかなければならないでしょう。

日本の実質賃金を上げるには

小田切:働き方改革の話からつながっていきますが、国民が政策などの効果を実感しやすいものの一つは実質賃金だと思っています。

一方で、この数十年間、日本では実質賃金がほとんど増加していない問題も指摘されています。金融政策を更に緩和することで、マイルドなインフレを起こし、結果として賃金を上昇させるというマクロ政策もよく指摘されますが、竹中さんも以前アトキンソン氏との共著本では、中小企業の生産性を向上させなくてはいけないというテーマを話されていましたが、この点についてはどのようにお考えでしょうか?

竹中:賃金はみんな上がってほしいですよね、私も上がってほしいです(笑)

賃金を上げるための基本原則は、やはり生産性を上げることです。そして生産性を上げるためには、色々なことをやらなければなりません。

まず、生産性が低いところはどこかと言うと、中小企業なんです。企業規模と生産性の間にはある程度の相関があることは、私と同じく成長戦略会議の有識者メンバーであるデービッド・アトキンソン氏も指摘しているとおりであり、そういった意味から企業統合を進めていく必要があるでしょう。

特に日本の場合、経済活動が東京中心だと言われてはいますが、GDPのうち70%は地方から生まれています。東京にある大企業の生産性を10%上げようと思ったら大変ですが、地方の中小企業であれば色々な取り組みを組み合わせることで、生産性を上げることは十分に可能です。

GDPの70%の部分が10%成長すれば、国内全体で7%も成長できます。

それと、インフラ投資も必要不可欠です。東京という都市は世界的にも有数の経済都市ですが、国際的なアクセスが悪い弱点がありますから。

小田切:インフラ投資には財政の問題も絡んできますが、その点はいかがでしょうか。

竹中:もちろん財政上の制約はあります。そこで重要になるのが「コンセッション方式」などのPFIです。

例えば関西国際空港では、コンセッション方式を導入し2016年から民間が空港運営を手掛けるようになって以降、世界中のLCCと交渉し路線を誘致したことで、赤字続きだった事業運営を黒字に転換させることに成功しました。コンセッション方式は今後、水道事業など他の分野でも積極的に導入されていくべきでしょう。

それと、いま進んでいる5G推進戦略も、キャリアがそれぞれアンテナを立てるのではなく共同アンテナを立てるようにすれば、無駄な二重投資や三重投資が解消されて生産性が向上しますし、携帯料金を下げることにだってつながります。

面白い試算で、共同アンテナにすることでさらに携帯料金を月額1000円下げられるというものもあります。

もちろん、インフラ投資としてPFIを活用することも有効です。実際にアメリカではそのような仕組みがすでに成立しています。こういったインフラ事業における民間活力の活用は、今後はより重要になってくるでしょう。

そうしたいままで議論されてきた新しい仕組みを”全部”やっていかないといけないのが経済政策です。他の国では全部やってるんです。

小田切:海外で導入されている当たり前の手法が、日本ではなかなか活用されていないから、成長率も低いままで、実質賃金も低いままでいるわけですね。

竹中:そうです。経済政策は「打ち出の小づち」のような美味しい話はありません。当たり前のことを当たり前にやっていくことに尽きます。

小田切:ご指摘のとおり、政策は基本的に、良い面と悪い面(副作用)がありますから、そういう意味では、「政策は薬と似ている」といえます。

しかし、ネガティブな報道の方が視聴率が上がるという現実もあることから、どうしても悪いところばかりが、報道、拡散されがちですね。

後編では、ベーシックインカム、家族の在り方、地方と東京について伺います。

(インタビュアー:小田切 未来、執筆:小石原 誠、編集:深山 周作、デザイン:白鳥 啓、写真撮影:田中舘 祐介)

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