【東京五輪】「失われたもの」は何か、土壇場で決まった“ほぼ”無観客開催。

「ついに」と言うべきか「ようやく」と表現すべきか…。開幕まで2週間という土壇場のタイミングで決まった、東京オリンピックの“ほぼ”無観客開催。

※7月16日にIOCより”有観客開催”の検討要望があったという報道も流れたが。。。

【独自】バッハ会長が菅首相に“有観客開催”検討を要望 官邸で|TBS NEWS

東京都が4度目の緊急事態宣言を発令するなど、依然として予断を許さない新型コロナ感染状況にあって、無観客開催という判断は妥当なものと捉える意見が、世論では大勢を占めることは明白だろう。

一方で、東京オリンピックが“ほぼ”無観客開催となることで、どのような影響が起きるのかについては、「チケット売上の損失」以外の観点からはあまり論じられていない現状がある。

そこで今回は、東京オリンピックが“ほぼ”無観客開催となることで、どのようなものが「失われた」のかを、様々な角度から検証していこう。

無観客開催が決まった会場と有観客を検討している会場

まず、無観客開催が決まった会場についておさらいしてみよう。

無観客開催が決まった施設は、全43施設のおよそ9割にあたる39施設だ。数字だけを見てもピンと来ないが、こうして表にして見てみると、実に多くの競技が無観客で行われるという事実がありありと伝わってくる。

中でも、上表のうち赤字で表記した施設は、東京オリンピックに向けて新たに作られた施設だ(仮設含む)。建築技術の粋を凝らして建てられ、満員の観客が集まる中で華々しくデビューを飾るはずだったこれらの施設も、歓声が一切ない静かな環境で粛々と競技が行なわれることになる。

また、新設ではない施設であっても、東京オリンピックに向けて大規模な改修工事を実施した施設は多くある。それらの改修工事の中には「大勢の観客が来場すること」を想定した上で行なわれた工事も含まれていることが考えられるが、結果としてはこれらも(少なくとも東京オリンピックに関しては)無駄骨に終わってしまったことになる。

念のため、現時点で有観客での開催が予定されている会場も見ておこう。

静岡県の3会場で開催される自転車競技は、全22種目のうちBMX4種目を除く18種目が有観客で開催される予定だ。ちなみに全て、既存の施設で行なわれる競技となっている。

サッカーの会場として使われる宮城スタジアムでは、男子32試合のうち3試合、女子26試合のうち7試合の合計10試合が開催予定となっている。

新型コロナ感染対策のためのイベント制限を考慮すると、これらの会場で使えるチケットの枚数は、本来のチケット全体の販売枚数のおよそ3%ほどになる計算だ。2020年の東京オリンピックを生で観戦できるチケットは嘘偽りなく「プラチナチケット」になってしまった。

チケット売上による損失は単純計算でおよそ870億円

多くの人の生観戦の機会が奪われてしまった東京オリンピック。大会公式ウェブサイトによると、無効となったチケットは自動的に払い戻しの対象となるため、900億円で計算されていたチケット売上のほとんどが失われる形となる。

チケットの値段は種目や席種によって違いはあるが、無効となったチケットの割合97%分がそのまま売上損失につながると仮定すると、今回の“ほぼ”無観客開催の決定により、およそ870億円ほどの損失が生まれた計算となる。

一方で、“ほぼ”無観客開催となったことで、有観客を前提とした支出のいくつかは不要になることも考えられる。例えば、組織委員会の予算には「新型コロナウイルス感染症関連」の費用として960億円の予算が追加計上されているが、観客に対する感染症対策の取り組みが必要なくなる分、実際の支出は抑えられるはずだ。

東京オリンピック公式ウェブサイト「大会経費執行状況」より抜粋

東京オリンピックの支出予算はおよそ1兆2980億円。2021年3月末時点では、そのうちのおよそ4870億円が支出済であり、およそ8110億円はこれから執行される。“ほぼ”無観客開催により、支出をどれだけ削減することができるかが、今後重要な論点となってくるだろう。

なお、オリンピック開催で赤字が発生した場合は、まず開催都市が補填をすること、開催都市が不可能であれば国が補填をすることがルール(開催都市契約)として定められている。

“ほぼ”無観客開催の影響を考慮すれば、東京オリンピックでは数100億円規模の赤字発生も考えられる。もしそうなった場合に東京都および国がどのように補填をするのかは、今後注目すべき論点となってくるはずだ。

“ほぼ”無観客開催による経済効果への影響はマイナス1500億円。だが実は…

次に、東京オリンピックが“ほぼ”無観客開催になったことによる、経済効果への影響について考えてみよう。

そのためには、そもそも東京オリンピック開催により、どの程度の経済効果が見込まれていたのかを理解する必要がある。ここでは分かりやすくするために、大会開催に直接関わる投資や支出により発生する需要増加額、すなわち「直接的効果」に絞って見てみよう。

新型コロナ禍前に東京都がはじき出した試算によると、東京オリンピック開催による「直接的効果」は約2兆円となっている。

東京都オリンピック・パラリンピック準備局ウェブサイト「大会開催に伴う経済波及効果」より抜粋

では、新型コロナ禍により観客者数に制限を加えた場合に、この約2兆円の直接的効果はどのように影響を受けるのだろうか。これについて、野村総合研究所がいくつかのケースごとに試算を出しているのでご紹介しよう。

野村総合研究所「東京オリンピック・パラリンピック中止の経済損失1兆8千億円、無観客開催では損失1,470億円」を参考にして作成

なお、野村総合研究所による試算では、海外からの観客を受け入れ中止した時点ですでに約1,500億円の経済損失が生じていることを前提としている。そのため上表の経済損失は、国内の観客を完全に受け入れるケースを基準として算出されている点にご留意いただきたい。

特にご覧いただきたいのが、④の「無観客のケース」である。野村総合研究所による試算によると、東京オリンピックが無観客になることで生じる経済損失は1,468億円となっている。裏を返せば、たとえ無観客であっても1兆6,640億円の直接的効果は発生する、というわけだ。

海外からの観客の受け入れ中止による損失も含めれば、失われた経済効果は約3,000億円。数字としては大きいが、それでも大会を開催さえすれば1兆6,640億円の直接的効果は見込むことができること、もし開催そのものが中止になればこれがゼロになるという計算は、政府や東京都、組織委員会における意思決定にも影響を与えたことが想像できる。

オリンピックレガシーへの影響

ここまで、東京オリンピックが“ほぼ”無観客開催となったことによる影響を、お金の面から検証してきた。

もちろん、公金が支出されていることを考えれば、お金の面からの影響について検証や議論をすることは重要だが、もう一つ同様に大事なことがある。

それは、オリンピックレガシーへの影響だ。

2020年の東京オリンピックレガシーについては、本メディアでも以前記事として解説させていただいた。具体的な内容についてはそちらをご覧いただくとして、重要なことは、2020年の東京オリンピックレガシーは、現物として残る「ハードレガシー」はもちろん、感動や記憶、価値観といった人々の心に遺る「ソフトレガシー」にも重きを置いている点にある。

東京オリンピック・パラリンピック準備局「2020年に向けた東京都の取組-大会後のレガシーを見据えて-」を参考に作成

これらのソフトレガシーの中には、東京オリンピックの会場やイベント施設に来場したり、ボランティアとして運営に加わったりなど、リアルに「参加」や「体験」をすることで初めて生まれるものも多くある。

テレビ等を通じてしかオリンピックに接することができない都民や国民が「ともに大会を創りあげ、かけがけのない感動と記憶を残す」ことなど難しいことは、調査・研究するまでもなく想像できることだろう。

もちろん、新型コロナ禍が始まる以前から、東京都を中心に各自治体で東京オリンピックに関連した各種イベントやプログラムが開催されており、それらを通じてもオリンピックレガシーは培われている。

だが、約1000万人もの人々がオリンピックを生観戦する機会を失ったことによるオリンピックレガシーの喪失は、文字どおり「計り知れない」ものなのだ。

「失われたもの」は取り戻せない。求められるのは「客観的な検証」と「施設の有効な後利用」

今回は、東京オリンピックが“ほぼ”無観客開催となることで、どのようなものが「失われた」のかを様々な角度から検証してきた。

大会開催により見込まれる数100億円規模の赤字は、おそらく今後さまざまな場面で批判の的となることだろう。

だが、より重要なのは、数100億円規模の赤字を出しながらも開催した東京オリンピックによりどのような影響が発生したのかを、客観的に検証することである。これには経済効果といった計測しやすい影響はもちろん、東京オリンピックというコンテンツに触れた人々の心理的な変化など、計測しづらい影響も含まれる。

また、大会後の影響だけではなく、大会開催に至るプロセスについても検証を行なうことも必要だ。新型コロナ禍という難しい状況とはいえ、大会開催に対する否定的意見が多く集まる状態になったこと、新国立競技場のプラン変更やエンブレムの選定やり直しなど、新型コロナ禍以前から様々な不祥事やゴタゴタがあったこと。顕在化した課題は多く、これらについてきちんと検証を行なわない限りは、今大会で生じたメガスポーツイベントに対する不信感を払拭することは難しいだろう。

さらに、東京オリンピックのために建てられたスポーツ施設が今後、どのように活用されていくのかを見ていくことも重要だと言えよう。

実は東京オリンピックでは、過去の大会で施設がうまく活用されなかった事例を教訓として、「オリンピック施設(新規恒久施設)の後利用」の計画が立案されている。この計画どおりに施設を有効に後利用できるかどうかは、東京オリンピックを評価する重要な指標のひとつとなるわけだ。

引用・出典・参考

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