【Politics for Olympic】辞任問題を深く理解するためにオリンピック組織委員会について知ろう(前編)

予定どおりであれば、開催まで半年を切った東京オリンピック。ところが、新型コロナウイルスの感染拡大などの影響により、オリンピックへの国民の支持率は低下の一途をたどっているのが現状だ。

さらに今、新たなる騒動が世間をさわがせ、東京オリンピックに対する見方はますます厳しくなっている。

組織委員会の前会長である森喜朗氏の発言に起因する会長人事の騒動だ。

公益財団法人であるオリンピック組織委員会は、組織運営や役員人事について様々な法的ルールが規定されている。そこで今回は、これらのルールについて理解することで、今回の会長人事騒動において一体何が問題なのかを読み解いていこう。

今回は前編として、「そもそも組織委員会とはどのような組織であり、そのトップである会長はどのような役割を担っているのか」を、法律と定款を基に解説していく。

後編では、実際に会長人事に関わる騒動の根本的な問題について追究していきます。

東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会の中身

オリンピックの組織委員会とは

まず、オリンピックにおける組織委員会とは、オリンピック開催に向けての準備と大会運営を行なうために設置される組織である。

東京オリンピックの場合は、2014年1月に日本オリンピック委員会(JOC)と東京都によって”一般財団法人”として「東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会」(以下「組織委員会」と表記)が設立され、2015年に「公益財団法人」に移行している。

組織委員会は「オリンピックは都市が開催するものだから、都の組織なのか?」と思われがちであり、実際に都から出向している人材もいるのだが、都の組織ではない

都には「オリンピック・パラリンピック準備局」という部局があり、組織委員会と都の準備局は役割を分担してオリンピックに向けた準備を行なっている。

引用:よくあるお問い合わせ|東京都オリンピック・パラリンピック準備局|東京都

組織委員会の構成

先述のとおり組織委員会は「公益財団法人」なので、「一般社団法人及び一般財団法人に関する法律」(以下「一般法人法」)に定められている要件にそって組織構成が組まれている。

※引用:開催都市「東京都」の役割|東京都

まず、法人の最高議決機関として「評議員会」があり、理事・監事の選任・解任や決算書類の承認などを行なう。評議員会により選任された「理事」は「理事会」を構成し、業務執行の決定や理事の職務監視を行なう。さらに理事の職務執行を監査する「監事」や、理事会による決定に基づき業務を行なう実行部隊として「事務局」が存在する。

また、大会準備や運営に関する重要な事項、最近でいえば新型コロナ対策などについては、国や都との間で調整を図る必要がある。そのための場として都度「調整会議」が開催され、国や都との意思疎通が図られている。

組織委員会に参加している人たち

組織委員会には、共同設立者であるJOCと東京都に加えて、日本障がい者スポーツ協会日本パラリンピック委員会(JPC)、政府、経済界、その他関係団体から人材が集まり構成されている。

最高議決機関である評議員会については、定款にて3名以上7名以内という定数が定められており、現在は6名が選任されている。

※引用:評議員|TOKYO2020

内訳は、組織委員会の共同設立者であるJOCと東京都から2名ずつ、そしてスポーツ界と政界から1名ずつという構成だ。最近注目されているジェンダー比率を見てみると、男性5名に対して女性は1名と、バランスは良くない印象だ。

業務執行の決定などを行なう組織委員会については、定款で35名が定員とされており、現在は森前会長も含めて満員の35名が選任されている。

※引用:役員等|TOKYO2020

各員の現在の肩書を基にして内訳を見てみると、国の政治・行政関係者が6名、都の政治・行政関係者が5名、スポーツ関連組織・団体からは16名、そしてその他民間企業等から8名となっている。

こちらもジェンダー比率を見ると、男性が28名に対して女性が7名となっており、やはりバランスは良くない。

このほか、組織委員会の実行部隊である事務局は、業務分野や内容ごとに細かな部局に分かれている。設立当初は50人弱の規模でスタートしているが、現在は関係諸団体からの出向や直接雇用により3,000人を超える人材が集まって仕事をしている。

ちなみに、事務局ではいまも職員採用が行なわれている。2月現在「テクノロジーサービス局」が人材を募集しているようなので、興味がある方は覗いてみると良いだろう。

職員採用|TOKYO2020

組織委員会の会長とは

組織委員会会長の義務と権限

組織委員会の組織構成等についておおよそ理解いただいたところで、肝心の「組織委員会の会長」について解説していこう。

まず、組織委員会においては「会長」という肩書が採用されているが、一般法人法においては「代表理事」という呼び方が規定されている。

「代表理事」という呼び方からも分かるとおり、代表理事は理事会を構成するメンバー(理事)の中から選任される。なお、法的には代表理事は複数置くことも可能だが、組織委員会では定款にて「1名」と定めている。

選任された代表理事には、一般法人法および法人の定款によって定められた義務と権限が与えられる。ここでは、組織委員会の定款から代表理事(会長)の義務と権限をピックアップして見てみよう。

引用:公益財団法人東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会 定款

会長の義務としては、組織運営に関して各種書類を作成したり、または報告を行なう旨の内容が規定されていることが分かる。もちろん、組織委員会のような巨大な組織では、会長が一人で貸借対照表や財産目録を作成するのは現実的ではなく、専門の部局にて作成されたものに目を通し、監事や理事会に回しているというのが実態ではないだろうか。

いずれにしろ重要なのは、代表理事の業務執行については、その内容が監事や理事会にチェックされるルールになっている点だ。これは、会長が理事会等の意思決定を無視して独断で業務を執行するのを防止するという、組織ガバナンスの観点から必要不可欠な要素である。

次に会長の権限については、最も重要なのが第25条に規定されている業務執行権だ。これは定款の言葉をそのまま借りると「法人を代表し、その業務を執行」する権利のことだ。

先述のとおり、法人としてどのように業務を執行するのかを決めるのは理事会の役割である。その理事会で決まった業務を執行する権限を持つのが会長、ということになる。想像しやすい表現を使うと、「ハンコを押してGOサインを出せる」のが業務執行権、とイメージしてもらえれば理解しやすいだろう。

「社長の仕事はハンコを押すだけ」というフレーズがときたま聞かれるが、組織委員会においてもそれは同様という訳だ。

組織委員会会長の重要な役割

もちろん、上がってきた書類にハンコを押すのも会長の仕事ではあるが、東京オリンピックという世界規模の一大イベントを運営する組織の「顔」である会長には、ほかにも極めて重大な役割が存在する。

それが、東京都や日本政府、各競技の国内連盟などの国内関連組織はもちろんのこと、IOC、各競技の国際連盟、各国政府などといった海外の関連組織との「調整」だ。

特に、IOCや各競技団体の国際連盟、各国政府などの海外組織との折衝においては、国内組織との折衝以上に高度でタフな調整力が求められる。「国内でのオリンピックをなんとか成功に導きたい」という方向でベクトルを一致させられやすい国内とは違い、海外組織との折衝は、複雑な国同士の外交関係や利害関係などを鑑みた、粘り強いコミュニケーションが必要になるからだ。

森喜朗氏が会長として選任された理由は、まさしくそこにある

森氏は、政治家、総理大臣としての外交経験はもちろん、国内外のスポーツ外交においても比類なき経験と実績を有しているからだ。このことは、おととし日本中を大熱狂の渦に巻き込んだ「ラグビーワールドカップ」の招致委員会委員長も森氏が務めていた事実や、20年前の総理大臣辞任時とは異なり今回は国内外のスポーツ界から実績を評価する声が散見されることからも、計り知ることができるだろう。

森会長“擁護”の声も…理由は「スポーツ界へ貢献」|テレ朝news

もちろん、だからこそ今回の会長人事騒動の発端となった「女性蔑視ともとれる発言」は、森氏本人がいうとおり「長い83年の歴史の中で本当に情けないこと」であり、後悔の残る痛恨の失言であったと言わざるを得ない。

まとめ

今回は、公益財団法人であるオリンピック組織委員会の組織運営および会長の役割などについて、おもに法的な観点から解説してきた。

次回は後編として、会長人事のプロセスについて定款を読み解きながら説明することで、今回の会長人事に関わる騒動の根本的な問題について追究していこう。

後編はコチラ

(記事制作:小石原 誠、編集・デザイン:深山 周作)

引用・参照

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