昨年、ついに東証一部上場企業2170社の合計時価総額をGAFAMの5社(合計時価総額:約560兆円)が上回り、世間を賑わせた。デジタルの覇権を握った企業に世界の富が集まる現状について、政策起業家・研究者の小田切未来氏が数学的な視点を交えて、解説していく。
サイバー空間の浸食がもたらしたゲームチェンジ
2016年、内閣府の『第5期科学技術基本計画』で、目指すべきビジョンとしてSociety5.0が提唱された。
サイバー空間(仮想空間)とフィジカル空間(現実空間)を高度に融合させたシステムにより、経済発展と社会的課題の解決を両立する、人間中心の社会(Society)|引用:内閣府
ここから分かることは、デジタル・情報・知識といった目に見えない無形価値の重要性が増し、目に見える有形価値にも大きな影響を及ぼすことだ。
すでにこの現象は起きており、その波に乗った企業の多くが、世界の時価総額ランキングや大型IPOなどのニュースに顔を出す。
この経済的価値のパラダイムシフトを、数学の『複素数』を用いて考えていこう。いま、そしてこれから起きるであろう世界のゲームチェンジを理解する助けになれば幸いだ。
「情報の価値は、つねに虚数的部分をふくまざるをえない」
日本の生態学者、民族学者、情報学者、未来学者でもある故梅棹忠夫氏は「情報の文明学(1999年)」という著書の中で、以下のように述べている。
価値が数字であらわされるものである以上は、計測可能な部分と、計測不可能な部分の両方が同時にふくまれるような方式を考えなければならない。
(中略)
商品あるいは工業製品の価格はつねに実数であらわされる。しかし、情報産業における情報の価値は、つねに虚数的部分をふくまざるをえない。一般に虚数の単位はi=√-1で、これをiであらわす。すると、もっとも一般化された数の概念は、a + biというかたちでしめされる。|引用:情報の文明学
この文章は、非常に興味深い。
虚数とは、実数ではない複素数のことだ。
すなわち、虚数単位 【i=√-1 】(同じものを二回掛け算するとマイナスになる)を用いて表すと、 【z = a + bi(a, b は実数、b ≠ 0)】 と表される数になる。
上記のzの絶対値(経済、企業価値などの総和)は、下記で求められる。
梅棹氏は、数十年前から『価値』を考える上で「aは、実数であり、有形価値」、「biは、虚数であり、無形価値」であることを見抜いていたのだ。
それを図示すると、下図(図①)のとおりとなる。
ここでひとつ疑問が出てくる。「aは目に見えるため、計測可能だが、bはどう計測するのか」ということである。原則、bは計測不可能である。
そのため、bは相対的な関係性で定義される。
図①で考えれば、X社という企業を考えたときに、デジタルに関していえば、A社と比べればデジタル化は進んでいるが、B社に比べればデジタル化が進んでいないことが分かる。そこから、「A社のbとB社のdの間」というレベルまでは把握可能と理解すればよいだろう。
また、数学の法則では、虚数iを掛けると複素平面上で原点を中心として90度左に回転する性質(図②)がある。ちなみに、虚数iを4回掛けると元の位置に戻り、これは価値観の転換を表していると解釈できる。
実数は量、虚数は質を表すため、これらの回転は「量と質の関係が変わること」を意味する。
リアルとサイバーの美しい調和を
今の日本は、b(無形価値)の世界では、乗り遅れている部分が多い。特に、デジタル分野では、アメリカや中国などと比べると、その差は顕著だ。
a(有形価値)の世界では、製造業などの分野が、現時点でも国際的に非常に高いレベルを維持している。
冒頭で言及したSociety5.0は、『サイバーとフィジカルの高度に融合』するのであるから、「この矢印を左に回転させ、さらに矢印自体を長くせよ」というのが、主なメッセージであると言い換えることが出来るだろう。
また、新型コロナウイルス感染症の発生・拡大から、企業もパブリックセクターもデジタルトランスフォーメーションが求められている。図②のように矢印の左回転が期待されている。
ただし、それがリアルからサイバーに、稼ぎ方を変えるためだけのデジタル化であれば、矢印のとおりに左回転するのみか、むしろ左回転した矢印の大きさが短くなり、価値の絶対値が減少するかもしれない。
世界のマクロの経済成長が鈍化している点を考えれば、その可能性は高い。
しかし、社会の問題解決に繋がるソーシャルイノベーションを伴うことで、左に回転するとともに、その矢印自体も長くなるかもしれない。
また、デジタルの覇権を握っている象徴的な企業群でもあるGAFAにおいても、リアルに移行する動きが、注目されている。
有名なものだけ挙げても、サプライチェーン全般は、Amazon。
自動運転では、Googleの「Waymo One」、Appleの「Apple Car」。
その他にも、ウェアラブルデバイス、ドローン、ロボティクス技術…もはや枚挙に暇はないだろう。
政策や公共経営という観点で見れば、例えば、企業等へのモノ・ハードウェアのみの支援では成長に限界があることを理解し、図③のとおり、これらの矢印を左回転させつつ、矢印自体を伸ばすための政策的なアプローチが求められる。
つまり、無形価値の向上に繋がる支援を行うことが考えられる。
いままで中心としていたハードウェア支援から、ソフトウェア支援や、それらを掛け合わせたハードウェア×ソフトウェア支援を強化していく必要があるだろう。
最後に気をつけなければならないのは、デジタル革新をいたずらに進めればよいということではない。
最も望ましいa(有形価値)、b(無形価値)のポートフォリオは、その企業の産業・事業・強みによって異なる。リアルからサイバーへのシフトが、稼ぎ方を変えるためだけに留まらず、社会の問題解決に資する変革が必要だ。
ゲームチェンジは、常に起こりうる。
もし、新型コロナウイルス感染症と逆の現象が起きた場合、今の世界時価総額ランキングはどうなるか。リアルではなくネットの世界で、コンピューターウイルスなどでデジタルの価値を大きく揺るがすようなことが起きたら、どうなるのだろうか。
大事なことは、状況を的確に捉えて、変化に対して柔軟に、アジリティとビジョンを持って対応をすることだ。
2011年に亡くなった梅棹氏も、a(有形価値)を排除し、虚数部分のb(無形価値)だけに特化することを望んでいるわけではなく、令和(beautiful harmony:美しい調和)という言葉通り、リアルとサイバーの美しい調和を望んでいるのではなかろうか。
(記事制作:小田切 未来(政策起業家・研究者)、編集・デザイン:深山 周作)