本連載『ミライのNewPublic』は、政策起業家・研究者の小田切未来氏がファシリテーターを務め、「将来の公共の在り方」を各分野の有識者・トップランナーと様々な観点で対談していく連続企画。
第一回目のゲストには、「サスティナブルな働き方改革」をテーマに1000社以上の企業や自治体の働き方改革コンサルティングを手掛ける株式会社ワーク・ライフバランス代表の小室淑恵氏をお迎えし、「日本の働き方改革をどのように進めていくべきか」を語り合っていただきます。
※本対談は、緊急事態宣言前(2020年12月22日)に行われました。
進む、働き方”意識”改革
小田切 未来氏(以下、小田切):この1年間は新型コロナウイルス感染症の影響で、働き方に大きな変化がありました。多くの企業や組織の働き方をサポートしている小室さんとしては、どのような変化を最も感じましたか。
小室 淑恵氏(以下、小室):経営者や管理職の意識が、明らかに変わりましたね。
テレワークが始まった当初、マネジメントが上手く回らなくなった方々から「早く出社になればいいのに…」という声もありましたが、徐々にそれも減っています。
管理職向けのオンライン研修をしていても、既存のマネジメント手法が機能しなくなったという危機感が顕在化したため、みなさん非常に熱心に話を聞いて下さっています。
いままで、その場の空気感で語って聞かせることで上手くいっていた『指示命令型』の人たちが、徐々に限界に達して、きちんと個別にヒアリングして指導する『コーチング型』にシフトしていっているのを実感します。経営者向けに働き方に関するイベント募集を掛けても、すぐに定員いっぱいになっていて、「新しい手法にシフトしなくては」という意識の高まりを感じますね。
小田切:経営者やマネジメント層の意識変化は、非常にポジティブな傾向ですね。他の政策にも当てはまりますが、この『人の意識』を変えるのは、とても難しく、重要なことです。
いまでは、「長時間労働の是正」や「男性育休の推進」なども賛同が集まりやすくなっていますが、数年前は「そんなことしたら、経済はどうなってしまうんだ」といった風潮があったことを憶えています。
小室:まさにそうでした。
それこそ2015年、「安倍内閣の産業競争力会議」民間議員に任命された際、他の民間議員の方の多くが労働時間の上限をなくしていく方向の『ホワイトカラーエグゼンプション(高度プロフェッショナル制度)』の推進派で、その中で私が「労働時間には上限をつけましょう」という提案をしたときは、針のむしろ状態でした。
小田切:なんだか、想像が出来ます(笑)
でも、2019年4月(中小企業は2020年4月以降)には時間外労働の上限規制が施行されたのを考えると、完全に当時の小室さんは先取りをされていましたね。
小室:当時(2015年時点)は「余計なことをいう奴が出た」という感じで、それを表すように当時就いていた14の政府委員が、どんどん解任されて一時期ゼロになりましたから(笑)。いかに自分がタブーに踏み込んだのかを理解しました。
ただ、結果としては、それが逆にいい方向に作用しました。
小田切:そのお話、詳しく聞きたいですね。
小室:経済団体から猛反発を受けているちょうどその頃、民間企業の経営者の中には、そういった経済団体の考え方とは別に、自分の頭で考えてむしろ働き方を変えたほうが勝ちに行けるのではと考える方々が出てきて、弊社に働き方改革コンサルティングをご依頼いただけることが増えてきました。
そこに、それまで政府委員に割いていた時間が全部浮いたことで、働き方改革コンサルティングの最前線現場に私がどんどん出て行って全力投球できるようになったんです。
結果、多様な業種業界で、画期的な成果が出てきました。
そして大きなターニングポイントになったのが2015年2月の産業競争力会議です。クライアントの中で非常に大きい成果に繋がったリクルートスタッフィングの長嶋社長(現常勤監査役)が「深夜労働は76%、休日労働は55%も減って、生まれる子どもの数は1.8倍増えて、それでも生産性(売上)は上がった!」と、「産業競争力会議」に招致され、プレゼンするということが起きたんですね。
小田切:それは凄いですね!
小室:当時の大臣・官僚等の会議出席者には「長時間労働を是正することが、少子化対策に繋がる」ということが、非常に大きな衝撃だったようです。私は「あれっ、それを言い続けていたのに、そこが繋がっていなかったのか」と逆に衝撃を受けたのを覚えています。
“夫婦が持ちたい理想の子供数は2.4人であるにもかかわらず、1人目を持った夫婦がその後、2人目を持つか否かというのは、1人目出生時の夫の労働時間で大きく変わってくる。
大事な点は女性の支援策だけでなく、職場全体の労働時間の改善。これに着手しなくては、真の少子化対策、女性の輝く社会にはならないということだと思う。”(平成27年2月13日 産業競争力会議実行実現点検会合 議事録から小室 氏の発言を抜粋)
小室:私たちとしては、長時間労働の是正が、国の大きな課題である少子化対策に繋がって、経済発展にも寄与するというシナリオを伝えていたのに、前提に思い込みがあると「長時間労働の是正、はいはい経済を邪魔するやつね」という扱いだったんです。
利益追求型で有名なリクルートグループの企業から「長時間労働の是正をしたら、生産性向上にも、⼥性従業員の出産数増加にも繋がり、業績が上がった」という好事例がだされたことが、響いたのだと思います。
それを契機にこちら側に色んなものが転がってきましたね。
”聖域”に切り込む
小田切:話は変わりますが、いま、小室さんが注力していることについて伺ってもいいですか。
小室:1つ目は、先ほども少し触れた経営者をリブートしていくことですね。経営者が個人で参加して、働き方改革について経営者同士でディスカッションして勉強するサロンを開催しています。
2つ目は、いままで聖域だった組織の働き方改革に切り込んでいくことです。
小田切:聖域だった組織とは、例えば、どういった組織でしょうか。
小室:数年前から着手していたのは学校で、最近は病院にもアプローチできるようになりました。そうした労働基準法の範囲で働きにくい職場の改革に注力をしています。
小田切:中々、骨が折れそうですね。
小室:医師には「応召義務」という、患者が来たら対応することを義務付けられている法律がありますから、特別な仕事であり、聖域なんだという意識が強かったと思います。
しかしながら実際には、病院の中でも「外傷センター」や「高度救命救急センター」にコンサルに入ってみると、「応召義務」が理由で発生している残業ではなくて、意外にも「会議のやり方が下手」という理由で膨大な時間が割かれていたりします。
患者さん一人一人の治療方針を決めていく『カンファレンス』と呼ばれる会議があるのですが、医師同士が思いついたタイミングで持論を展開する、議論があっち行ったりこっち行ったりの”青春会議”状態だったのです。
そこで、私たちからは会議が空中戦にならず、短時間で収斂して合意するノウハウを提供していくだけで、なんと1日240分も削減されました。
働き方改革が進んでいない業界は、意外にも初歩的な課題が堆積している業界でもあって、1つずつ解消することできちんと成果に繋がる領域でもあると思っています。
ただし、働き方を変えた前例がないので、とにかく信じて一歩踏みだしていただくことのハードルが高いのです。
そこで、ここ何年も、医療業界にはCSR的な活動として一緒に働き方改革に挑戦してほしいとアプローチし、徐々に取組めるようになってきたところですね。
働き方改革の『ラスボス』
小田切:最近は霞ヶ関の「深夜閉庁を求める国民の会」の取組もされていましたね。
小室:そうですね、それは『ラスボスとの戦い』と呼んでいます(笑)
小田切:なんだか、突然RPG(ロールプレイングゲーム)のような話になりましたね(笑)
小室:医療とか学校とか建設、といった様々な業界1000社以上をコンサルをしてましたが、働き方改革が進んでいない組織には共通項があるんです。
それは、中央省庁と何らかの関係性がある業界ほど長時間労働ということ。
この法則は明らかで、企業側の取組が進んでも、企業では変えられない仕組みを、国が持ってるんですよね。だから、その霞ヶ関との関係性が強く、やり取りが多い組織は必然的に働き方を変えにくくなっていく。
日本全体の働き方改革をする上で、この『残業震源地』である『ラスボス』は避けて通ることが出来ません。
そもそも、他業界への影響を差し引いても、2019年には6人の国家公務員が過労死(2020年7月人事院発表)していますし、国会期間のための官僚の残業代だけで102億円、深夜にタクシーで帰宅する費用がさらに22億円かかっています。
国会議員が深夜に質問通告し、その答弁資料作成のために官僚が膨大な残業をしていることを国民は全く知りません。
あまりにも税金の使い方として酷い状態だということを周知したくて、マンガを作って拡散したところ、驚くほどこのマンガがバズりました。
小田切:私は、公務を完成させるための時間は『0⇒1を生み出す時間』、『1⇒99につくり上げていく時間』、『99⇒100に完成させる時間』の3つに分けられると考えています。
ただ、多くの人は、これらの時間の割合が概ね「1:1:1」となっていて、全部同程度に費やしています。
働き方改革をするのであれば、無制限に働くことができませんので、時間対成果の高い業務に傾注するためには、働き方を組織、個人レベルで工夫することで、例えば、「1:1:0.8」などにすることが求められていると考えています。
そして、そのためには公務(例えば、資料制作や国会答弁作成)をチェックする側の配慮も非常に重要だと思います。
小室:その通りです。官僚の時間に制限を掛けることで、議員側の意識も変わっていくと思っています。
もちろん、それで官僚が持ち帰って、より個人負担が増えるようなことがないように、議員側の行動変容がセットで必須ですので、与野党のキーマンにそれぞれ猛烈に働きかけをしているところです。(本対談のあと、2021年1月15日、与野党で質問通告時間の早期化が合意されました。)
2019年に施行された働き方改革関連法で、民間企業においては時間外労働の上限規制が始まり、それによって企業の経営者は生産性をあげるITシステム投資をせざるを得なくなりました。
だからこそ、その後AIやRPAのシンポジウムが盛んに開催されるようになり、ここ数年で急にデジタル化が大きく加速しました。
「デジタル化を進めて実態の仕事を効率化してから、早く帰れるようにしたら良い」とよく聞きますが、実際には「労働時間に制限が出来てやっと、しぶしぶデジタル投資が始まる」というのが実態です。
その流れを起こすための22時閉庁です。大臣の答弁を重箱の隅まで完璧にするために何百億円も掛けて欲しいと思っている国民はいないでしょう。
「もし、総理大臣になって、3つまで変えることができる」としたら
小田切:小室さんが「もし、総理大臣になって、3つまで変えることができる」としたら、何をされますか。
小室:真っ先に着手するのは「時間外労働の割増賃金率を平日時間外で1.5~1.75倍、休日で2倍」にすることですね。先進国では、それが一般的な基準になっています。
小室:そこを中々変えられないので他のことから取組んではいますが、本当は細かいところをちょこちょこいじるよりも、「今すぐ1.5倍以上になります」とすれば、「時間外に働かせることが、採算に合わないからやめる」ってなるはずなんですね。
人間の脳は、起床後12~13 時間が限界で、起床後15 時間以上では酒気帯び運転と同じ程度の作業能率まで低下するんですね。
小室:それって「お金を払うに値しない時間」になるわけですね。
いまは「時間外労働させるのは、使い勝手がいい」と思っている経営者が多いと思いますが、実際は生産性は酒気帯び運転並みに低下してミスや事故を誘発する時間帯な上に割増残業代を払うのですから、実はその時間帯に高いお金を払うなんてお人よしの経営者なのです。
睡眠不足の脳は怒りの発生源である偏桃体が肥大化するのでパワハラなどの不祥事もおきやすくなります。
他先進国と比べても遅れているし、エビデンスもあるので、総理着任初日にやると思います(笑)。
小田切:なるほど、小室さんとしては「働き方のセンターピン」なんですね。
小室:そこから逃げることは出来ないでしょう。
もう一つは、現在「努力義務」になってしまっている「勤務間インターバル制度の義務化」を行います。
EUは、労働指令によって「加盟国は、すべての労働者に、24時間ごとに、最低でも連続11時間の休息期間を確保するために必要な措置をとるものとする。」となっています。
これにもエビデンスがあり、脳の研究によると「睡眠が始まってから6時間以上たたないと、精神の疲れ解消が始まらない」んですよ。
過労自殺は、言葉の強さが問題視されて、パワハラ研修ではこの言葉を使ってはダメといった指導が多いですが、言葉を受ける側が6時間以上の睡眠を取れていていないと、脳の疲労が蓄積して、強くない言葉を受けても「いなくなりたい」「死にたい」となってしまうのです。
この脳の疲労蓄積を防ぐのが、勤務間インターバル制度なのです。
現在は、月間労働時間の上限規制があるだけなので、連続して徹夜させられてしまい、過労自殺が起きてしまいます。
勤務間インターバル制度が適切に機能すれば、繁忙期に深夜まで残業したら翌日の朝の仕事開始時間を遅らせるという対応が出来るので、繁忙期の仕事をこなしながらでもメンタル疾患を防ぐことができます。
こうやって、長時間労働を是正していくと、労働出来る時間が半端で労働市場に入りにかった人たちも労働市場に参加しやすくなります。すると定年を過ぎて生活保護をいただくような状態の人たちも自助できるようになっていき、財政状況にも寄与するのです。
3つ目は、『総理自ら定時に帰ること』ですね。
少なくとも定時に官邸を後にすることによって、スタッフ、番記者を解放してあげられます。必要な意思決定は、追加でテレワークや電話で行う場合もあるかもしれませんが、自分自身の7時間以上の睡眠や勤務間インターバルをきっちりと実践します。
集中力の低い状態で国民の生活を左右する意思決定をしないためです。
また、夜の会食を対面でしなくてもWEB会議で大事な意見交換は出来ますので、その都度その意思決定に最適なコミュニケーション手段を取ることを徹底していくでしょう。そうすると、時間外を前提とした仕事が官邸から激減するので、官邸関連の重要な仕事をする官僚が、子育て女性でも問題なく務まるようになりますね。
そうして、中枢から「日本の生産性はまだまだ上げられる」というメッセージを発信していけば、メディアの長時間労働体質や霞ヶ関・永田町の対面主義文化も変わってくるでしょう。
小田切:ありがとうございます。その3つが実現したら、会社は、組織は、社会はどう変化していくか、大変興味深いですね。
そういえば、もう1点…働き方だけでなく、女性活躍の文脈にもなりますが、小室さんにお伺いしたかったのが「小室さんのような女性起業家を増やす」、「女性がより働きやすくなる」ために、何をするべきだと思いますか。例えば、2017年の就業構造基本調査によると、女性の起業家の割合は19.3%ぐらいで、この割合を増やしていくには何を変えたらいいのかなと。
小田切:今の働き方改革に加えて、ということになりますが、女性起業家であり、二児の母親でもある小室さんに、この点について、ご意見を聞きたいです。
小室:その観点でいえば、働き方改革に加えて「学校改革」ですね。
働き方改革や女性活躍では、あまり触れられないものの、いまの学校環境には子どもを持つ親が働く上で、大きな課題があると感じています。
些末と思われるかもしれないのですが、2人の子どもを育てて思うのは、日本では「学校に忘れ物をせずに送り出す」といったことに、世のお母さんはめちゃくちゃ大変で時間が取られているんです。
「きょうは絵具が必要です」「きょうはペットボトルが必要です」と。日本の学校って、毎日すべて持ってこさせて、毎日いろいろ持って帰らせるんですよね。
小田切:そこはあまり注目したことはなかったですが、そうなんですね。海外はそうではないんですか。
小室:違います。例えばフランスの小学校では、1年間で使う文房具を9月に全て持っていきます。何をいくつづつ揃えるかについては、新学期早々クラスの担任から連絡があります。
お母さんが毎日子どものマネージャーをしないと学校教育が成り立たないといった仕組みにはしていないんです。
翻って、日本では前日に配られた紙の隅っこに書いてある「ペットボトルを持ってきて」を見落としたら、自分の子どもが授業に参加できない。自分が泊りで出張に行けば、明日子どもが学校で何か怒られるだろうな、、、と覚悟を決めます。
男性はきっとこの重大さを理解できずちょっと笑ってしまうんじゃないでしょうか?
でも、自分が働くことが子どもを不憫な目に合わせることに繋がる経験を毎日していると、女性は、仕事で強い責任を負うことに葛藤するようになるんです。
文科省で子育て中の女性官僚が当たり前に活躍出来たら、こうした問題もどんどん議題にあがると思いますが、、、文科省もきわめて長時間労働体質です。
文科大臣を子育て女性の国会議員に務めていただけたら、学校改革が進むのではないかとも思いますが、国会も選挙も長時間労働が可能な人にしか対応できない仕組みになっています。
こうして働き方の門前払いをする仕組みがあるかぎり、意思決定の場に生活者が入れない。だから、生活者の課題を解決するための視点が常に見落とされるということが続きます。
小田切:なるほど。小室さんのお話を伺って思ったのは、働き方改革も、学校改革のお話も、これらが推進されなければ、誰かしらの時間を無作為に取ってしまう可能性があるということが理解できました。
これからのNewPublicでは、特に、時間は無限ではなく「有限」であると捉え、例えば、小室さんの「変えたいこと」を実行することで、多様な人がより重要な意思決定の場に携わり、生活者の真の課題が政策などにも反映されていく土壌になりえる。
それだからこそ、働き方改革は重要な政策イシューであるということが、小室さんの話を聞いて改めてよく分かりました。
(取材協力:株式会社ワーク・ライフバランス、インタビュアー:小田切 未来、記事・編集、デザイン:深山 周作、写真撮影:田中舘 祐介)