イマ見つめ直す、ミライのNewPublicに向けた『思想の再構築』

「今、価値観や思想の大きな変化のサイクルに、私たちはいます」と、Pro Publingualの小田切未来氏(経産官僚、政策起業家を経て、現在、東大研究者)は、語る。歴史や事例を紐解きながら、知らず知らずのうちに社会や私たちに大きな影響をもたらす『思想』について、解説いただきます。

※本内容は、所属組織の見解を示すものではなく、個人的見解です。プロフィールは記事掲載当時のもの。

『思想』が、社会や私たちの在り方を決定づける

とある格言にこうある。

「思考に気をつけなさい、それはいつか言葉になるから。言葉に気をつけなさい、それはいつか行動になるから。行動に気をつけなさい、それはいつか習慣になるから。習慣に気をつけなさい、それはいつか性格になるから。性格に気をつけなさい、それはいつか運命になるから。」

私たちにとって「思い、考える」ということは、””根っこ””であり、その際にどのような『思想』を根底に据えるかは非常に重要になる。社会全体に影響を与える政策も、個人の幸福の尺度や日々の選択も、どのような思想に根ざしているかで、その在り様は大きく変わる。

日本は、1860~1945年は、主に欧州の思想(例えば、大日本帝国憲法や刑法はドイツ、議院内閣制はイギリス)に、1945年以降は、GHQにより米国の思想(例えば、憲法等)に強く影響を受けてきた。つまり、日本は150年以上もの間、西洋思想という「隣の青い芝生」を求めてきたとも言える。

※ちなみに、一般的には東洋は西洋に対する概念であり、欧州から見た東洋思想はインド、中国、日本といった広域にわたって成立した思想を指し、本稿でもその定義で語っていく。

ただ、新型コロナウイルス感染症を奇貨とする、2020年以降は、欧州や米国という西洋思想に偏重せず、東洋思想という原点に立ち戻り、そこから自らの思考をアップデートするべきではないだろうか。

今回は、東洋思想と西洋思想を見比べながら、私たちが社会、そして自身について、知らず、社会や私たちに大きな影響をもたらす『思想』が、これからどのような変化を迎えていくのかを一緒に考えていきたい。

日本の『価値観と思想』に、約80年に一度の転換期が訪れる

経済もライフサイクルも、周期的な循環をする――。

昨年、私は、ニューヨークにあるコロンビア大学国際公共政策大学院に留学した際、伝統的な経済学を改めて復習することになり、在庫投資を原因とする景気循環は、40か月の周期、設備投資を原因とする景気循環は10年周期、建築投資を原因とする景気循環は20年周期、技術革新を原因とする景気循環は、50年周期ということを習った。

※ちなみに、経済学では、それぞれ「キチンの波」、「ジュグラーの波」、「クズネッツの波」、「コンドラチェフの波」という。

一方で、経済学の周期のように約70年~80年周期で日本の「ライフサイクル」が循環するという説は多いように思っている。

例えば、(「2022年これから10年、活躍できる人の条件(神田昌典氏)」、「日本3.0(佐々木紀彦氏)」、「第三の敗戦」堺屋太一氏)「日本の新時代ビジョン(鹿島平和研究所、PHP総研)」などの本にも、類似したことが書かれている。

ライフサイクルの大きな変化は、そこに住む人々の価値観や思想を大きく変える一因になるうるものだ。

実際に、冒頭述べた1860~1945年は、主に欧州の思想に、1945年以降は、GHQにより米国の思想に、強く影響を受けてきたという日本の価値観や思想の変遷は、『約70年~80年周期で日本の「ライフサイクル」が循環する』という説に合致する。

そして、2020年を生きる私たちは『次の変化』のサイクルの真っただ中にいると、私は考えている。

では、どのような価値観や思想の変化をしていくことが、私たちの社会や個人の幸福に繋がるのだろうか。

21世紀は”アジアの世紀”になる

私は、いまこそ東洋思想をもう一度見つめ直し、そこから政策、その他分野を俯瞰して考えることが必要だと思っている。
幾つもある理由はあるが、敢えて一つ特筆して挙げるなら、『いま以降、アジアの考え方や思想が、さらに注目されていく』と考えているからだ。

まず、経済面から説明しよう。

21世紀、アジアが今だかつてないほど成長しており、少なくとも2030年前後には、中国はアメリカを名目GDPで抜くと予想されている。また、インドやインドネシアも成長してきており、21世紀はアジアの世紀になるとも言われている。

経団連のデータによれば、2050年のGDPランキングの基本シナリオでは、1位中国、2位アメリカ、3位インド、4位日本、5位ブラジルとなり5か国中、なんと3か国が東洋の国になる。このため、今後、非西洋の国がなぜ経済的に成功している(いくと予想される)のか、考え方・思想なども含めてメディアや学者が分析・称賛されることが予想される。

出典:2050年の世界と日本(経団連)のGDP世界ランキング_基本シナリオ1より抜粋し、編集

これは、1980年代の日本がジャパンアズナンバーワンの時代に、日本型経営といって、世界から日本の経営や思想などを研究・称賛されてきたことと同じだ。

他にも、兆しとなる事例として、近年での日本発の事象である、お片付けコンサルタントの国外の“こんまり現象”が理解しやすい。彼女がトキメクかトキメカナイかで服を捨てるか判断するのは、アメリカでは「論理的」とはいえない、そしてわかりにくい。しかし、この現象が西洋人から受けているのはまさしく、西洋的思想の論理性を超えた側面を世界で求めているともいえる。

また、国内では、「現代の魔法使い」とも言われている落合陽一氏も西洋的思想に迎合しない自分独自の思想を持たれており(服装は、日本ブランドのヨウジヤマモト)、それが今の多くの日本人に受け入れられてきているし、彼自身が東洋思想のインストールの必要性にも言及している。

経済的なトレンドでも、最近国内メディアに頻繁に取り上げられるようになった『ESG投資』や『SDGs』の動きは、まさに行き過ぎた資本主義のより戻し、経済的価値によりすぎた活動への是正を示している。

要すれば、“経済的価値と社会的価値”との同時追求をルール化しようとするヨーロッパの動きがみてとれる。

アメリカの主要企業の経営者団体『ビジネス・ラウンドテーブル』も、株主第一主義の見直しをする声明を出し、大きくニュースになっていた。これを指し「まさに日本の三方良しではないか」という声がSNSに流れているのも散見した。

西質と東質

東洋思想の注目すべき理由、その兆しを示す事例を紹介してきたが、ここで西洋思想と東洋思想の考え方の特徴を簡単に触れたい。

西洋思想のイメージしやすい特徴では、一神教(例えば、都市や中央集権も一神教的)、二分法(自然と個人の分離))、自己(個人)利益優先、効率性重視、論理的、自然の破壊的克服などが挙げられる。

東洋思想では、多神教(例えば、地方分権・分散)、二分法ではなく曖昧・和解、他利優先、公平性重視、情緒的、自然との共生・共栄などといった違いがある。

新時代の繁栄は東洋思想と西洋才知の調和で!(東京商工リサーチ)を基に小田切氏にて修正・追加した内容から編集部にて図を制作

ただ、これは「どちらかが正解」というものではない。むしろ、ある一つの正解があると思い込む、固定観念に気をつけなければいけないと私は思う。

東洋思想と西洋思想のいずれかに過剰に偏っているとすれば、それが振り子のように動いていると理解し、『西洋思想・東洋思想に偏らず、双方の特性を把握すること』が重要だ。

便宜上、西洋思想的な性質を「西質(せいしつ)」、東洋思想的な性質を「東質(とうしつ)」と名付けるとしよう。

例えば、『ブロックチェーン』(ここではパブリックチェーンもしくはコンソーシアムチェーンを指す)は、ネットワーク上に分散するコンピューター群によって実現され、中央集権的な管理主体を必要としない東質を持った技術であると言える。

他にも、『シェアリングエコノミー』のような個人でモノなどを独占するのではなく、コミュニティ内でシェアするビジネスモデルの台頭も東質であると捉えることができる。

ちなみに東質と西質は、一つの事柄に同時に混成されることもある。その例として、Withコロナ、Afterコロナからの視点からテレワークについて考えてみよう。

自宅で、個人でオンラインを活用して働く人が多くなっているが、それにより助長されるであろう、ジョブディスクリプションやタスクを明確化し、結果で仕事を評価する働き方は、メンバーシップ型ではなく、ジョブ型へ移行するため、西質なものである。

一方で、都心に集中するコロナ感染症から離れる目的で、私の友人・知人が鎌倉や軽井沢などに引っ越した人もいるが、「地方への分散を促す」という意味では、東質が進んでいるとも解釈もできる。

では、この切り口で政策についても少し考えてみるとどうだろう。

振り子の先に新しい道を

例えば、統治機構の考え方であれば、一神教的な中央集権か地方分権かというと地方分権は東質である。その他にも働き方であれば、本業とプライベートを二分法で分けるのは西的であるが、本業以外の兼業・副業、プロボノなどに取り込むのは東質である。

男性と女性だけでなく、LGBTも含めた政策を検討することは、二分法からの脱却であり東質である。このように、現在の与党が西質寄りのポジションをとっている政策については、野党は「リベラル or 保守」という枠組みを超えて、与党よりも東質のポジションをとることで、代替的な政策が整理しやすくなるのではなかろうか。

このように2つの性質を把握することで、何か物事が起きたとき、その現象の理解が深まり、広い視野で選択肢を持つことができるようになる。

政策や他分野でも、中長期の世の中の動きを考える際には、その事象が『西質⇔東質』といったように、その“振り子”がどう振れているか理解するべきだろう。

本稿の前半で、日本は価値観や思想の『次の変化』のサイクルの真っただ中にいると言及したが、私がお伝えしたいのは、文明開化、高度経済成長と約150年もの間に「“西質”こそが良いことである」という思想にどっぷり浸かってしまった日本人の脳から脱却し、西質と東質という2つの性質やその間で揺れ動く現象を理解した上で、新しい道を検討・模索することが、この『変化』の鍵になるということだ。

本稿を通じて、お伝えした思想観について一度ご自身の身の回りの事柄、例えば世の中の動きや仕事に適用してみることを、お奨めしたい。

明日から、違った切り口で物事を見ることができるかもしれない。

(記事制作:小田切 未来(東京大学未来ビジョン研究センター特任研究員)、編集・デザイン:深山 周作)

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